月別アーカイブ: 2006年1月のブログ

春の気配

2006年1月31日

 早いもので今日で1月も終わりです。

 丹波はこのところ少し暖かい日が続いて、なんとなく春に近づいているような気がします。

 また、今日は春の選抜高校野球の出場チームが発表され、もうそんな話題が聞かれるのか、と春をいっそう意識する一日でした。

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毎月30日は「みそ(三十)」の日です

2006年1月30日

20060130

 毎月30日は「みそ」の日です。全国味噌工業協同組合連合会によって1982(昭和57)年9月に制定されました。

 以前、この「つれづれ」でもお話ししましたが、みそ・醤油は今から750年ほど前に「法燈国師(ほっとうこくし)」によって宋の国からもたらされました。

 以来、日本人の味の原点として、いまだに人々が食しています。味噌は、近年研究が進むにしたがって、ガンの予防効果や老化予防などの効用があると言われています。

 かつて、味噌の塩分が問題視された時期がありました。たしかに、みその塩分濃度は11~12%ですが、みそ汁として私達が口にする場合の濃度は1.3%ほどで、さほどの摂取量にはなりません。

 みなさん、安心してみそ汁を食し、健康つくりに役立てて下さい。

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芦田総理 その参

2006年1月29日

20060129

 芦田総理の物語も今日で最後です。

 さて、世に言う「芦田修正」とはいったいどんなものなのでしょうか。

 現憲法がGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の手によるものを翻訳したのは衆知の事実です。

 この過程で日本政府によって若干の修正が施されました。その作業を行ったのが、芦田を委員長とする「衆議院帝国憲法改正案委員小委員会」、通称「芦田委員会」です。

 GHQ案は当時としては画期的な憲法で、特に第8条(のちの9条)は、戦争の放棄と戦力の不保持を謳っておりました。

 しかしながら、自衛力さえもその保有が許されないとすることに不安を覚えた芦田は、2項冒頭に「前項の目的を達するため」という一文を加えます。

 この結果、日本は紛争解決の手段以外については一定の武力を保持しうるという解釈が可能となったのです。
また、このことによって日本が将来、武力を保持する可能性に気づいた連合国側は、「文民による統制」の条項を憲法に付け加えさせました。

 世界史の一節として考えれば、連合国側としても足並みは一つではなく、各々自分達にとって日本をその後どのように利用していくのか、という思惑が入り乱れていたように思われます。

 「芦田修正」が付け加えられたことが日本にとって良かったのか悪かったのか、私には論じるだけの識見がありません。

 ただ、GHQによる占領下にあって、祖国日本の将来を真剣に考え議論を尽くした人々の中に郷土の先達がおられたことは誇りにしてもよいと思っています。

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芦田総理 その弐

2006年1月28日

20060128

 芦田均 元首相は、1887年(明治20年)京都府福知山市に生まれ、1904年(明治37年)旧制一高入学後、1907年(明治40年)東京帝国大学法学部仏法科へ。卒業後、外務省を経て、1932年(昭和7年)衆議院議員。戦後は1946年(昭和21年)自由党から出馬し当選。憲法改正特別委員会委員長に就任されました。首相就任は1948年(昭和23年)です。

 1904年(明治37年)、福知山から東京に行くには汽車でまる一日かかったと思われ、当時東京の大学に行くということは、今でいう外国留学をはるかに越える行動であり、その志の大きさが伝わってきます。

 彼は、外交官として、また厚生、外務、首相と華々しいポストを歴任されていますが、特筆すべきは衆議院帝国憲法改正案委員小委員会の委員長として現憲法の制定に深く関わったことです。

 中でも、現在でも何かと騒がれている9条については、GHQ案に対し、彼によって修正が加えられました。世に言う「芦田修正案」です。

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芦田総理 その壱

2006年1月27日

20060127

 「ポスト小泉」の一人、谷垣財務相は、福知山を含む京都5区の選出で、先代、故谷垣専一文部相は福知山のご出身です。

 しかし、実は福知山出身の総理大臣は戦後まもなく1948年3月、すでに誕生しています。

 それが、芦田均(あしだ ひとし 1887~1959)総理です。【上写真】

 私は丹波・福知山で生まれ育ち小学校から高校までこの地で通いましたが、学校で芦田総理のことを聞かされたことは一度もありませんでした。

 福知山から総理大臣が出ていたことを知ったのは、大学に入ってからです。

 この週末は、現憲法の制定にも深くかかわったこの政治家についてお話ししようと思います。

 それでは、続きはまた明晩。

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料理の本

2006年1月26日

 時間が出来たのでフラッと本屋をのぞいてみた。
いつもなら自分の興味がある棚しか見ないのだが、今日は関心のないところを歩いてみた。

 料理の本などゆっくり見たことないのだが、豊富な種類が取り揃えられておりいくつかを手にとってみた。

 実に丁寧にだしや煮炊きの基本が書かれているものがあり非常に参考になったので、勢いで買ってしまった。

 大きな釜と家で使う鍋は違うので、料理本のとおりに進めることはできないが、どんなことにもヒントが隠れているものである。

 家庭用の料理本だからといって決して侮ってかかってはいけない。

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物忘れ

2006年1月25日

 20代、30代、40代と歳を重ねるにつれ、日々物忘れがひどくなりませんか?

 初めのうちは数秒で思い出せていたものがだんだん時間がかかるようになり、それがいやで手帳やメモを持ったりして・・・

 佐治兵衛は、忘れたら元の場所に戻ってみるという方法で長年この「物忘れ」と闘ってきましたが、最近敵がパワーアップした模様です。

 元の場所に戻っても、簡単には思い出せません。結構ショック・・・・

 百マス計算でもやって、こっちの頭をパワーアップしなければと、少々あせっている今日この頃です。

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コウノトリの周遊旅行

2006年1月24日

 丹波福知山から北西に車で1時間半。兵庫県豊岡市がそこにあります。

 豊岡市は1971年に日本で最後の野生のコウノトリが生息していた場所であり、その後の人工繁殖の中心となった町です。

 昨年、人工飼育されてきたコウノトリがようやく放鳥されました。この1月19日から23日にかけてそのときの鳥が豊岡から大阪まで周遊し実に350キロを飛んで再び豊岡に帰ってきたそうです。

 人工繁殖が続けられていたころ、動物園のような大きな鳥かごのなかでしかコウノトリを見たことがなかったので、350キロも飛び回り、また故郷へ戻ってくるということに驚きました。

 狭いところで育てられ、一度も遠くまで飛んだことがなくても、遥かに飛び回り帰ってくる。自然の懐の深さを感じさせられました。

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風邪

2006年1月23日

 今年の冬は、近年稀に見る寒さだったから健康には気をつけてきたが、とうとう風邪を引いたらしい。

 年明け以来、周りに「風邪引きさん」がたくさんいたので、しょうがないのだが。

 とはいえ、仕事を休むわけにもいかないので、用心しつつがんばろう、と思っている。

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ケータイの使い方

2006年1月22日

 ケータイの使い方と言われて、「電話する」とか「メールする」とか「写真撮る」という、あなた。

 若者は実に多彩にケータイを使っていますよ。

 今日、電車で遠出したんですが、大学生らしき若者と同席になりました。

 ずっとケータイを手にしているので、初めはメールかゲームでもしてるんやろう、と思っていました。

 あまりに長いのでふと見ると、なんと本を読みながら、時折ケータイに文章を打ち込んでいるではないですか・・・

 何かの課題でしょうか、ケータイをメモ代わりに論文を打っていたのです。

 親指だけで文章打つのは大変ちゃうのかな、と思いましたが、親指世代の彼らにはたやすいことなのかもしれません。

 同じケータイでも使いようによって、いろいろ便利に使えるようです。

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